ヨルダン報告(その5:いざペトラへ)

死海のほとりのホテルに泊まり、死海の水面の標高はマイナス450mということでございますので、そうとう空気も濃いだろうなぁと。


一晩寝たら、体調も絶好調ということになるだろうと思っておりましたが、そういうことは全くなく、普通にホテルを出発いたしました。
部屋は死海ビューでなかなか眺めのいい部屋でありました。霞んでますけど。

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ペトラに向けて南下してゆくのでありますけども、行きがけの駄賃といいますか、「カラク城」というお城に立ち寄ります。ここは今までの砂漠の真ん中にある城と違って、激しい攻防を意識した山城であります。

砂漠の中の道路をぶっ飛ばしてゆくのですがね。ま、ものすごい霧なんです。おいおい運転手さん、見えてるのだろうね。
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濃霧の中をカラクも切り抜け、「カラク城」にとうちゃこ。

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山城ですから30mくらいの谷越えの橋を渡って城内にはいります。橋からの景色
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12世紀ころに十字軍がこの辺りに進出し、この城を築いたらしいのどす。
見晴らしがいいので、下を通る敵は丸見え。
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ここは炊事場で、これはかまどドスとか、
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ここは兵士の部屋ですとか
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とか言われましてもね、兵士が出てきて「おす、よくきたね。ま、はいれや」と言ってくれるわけではなく「ふ~ん」。


・・・というようなことで、さ、いよいよペトラ遺跡に向けて・・・・
と思ってら、その前に「リトルペトラ」というものを見るというお話らしいのどす。
ま、いきなりゴジラをみたら、びっくりするから、まずはミニラを見るようなものかな。



いまの人類をすべて辿っていけば、アフリカの地溝帯にいた、「ルーシー」という女性につながるらしいですね。なぜルーシーというかというと、学者たちが発掘をしていた時に、ビートルズのなんとかルーシーという曲がかかっていたとか。
それはともかくそれから人類はこの狭い地域を通ってあちこちに散らばっていったわけですね。だからこのへんは人種の坩堝ともいえるわけです。
主にセム語族のエドム人・モアブ人・アモリ人・アモン人などなど・・・そして紀元前4世紀ごろにはナバタイ人というのがこの辺りで繁栄します。
ヨルダン南部で帝国を築きますが、そのうちにローマ人に征服されてしまいます。

アラブ人というのはみんな同じような顔をしていますが、このナバタイ人というのは一目でそれとわかったそうです。
「名ば体を表す」なんちゃって。

そのナバタイ人が築いた首都がペトラなんですね。7世紀ころに突然消え去って(地震と洪水のせいと言われています)、その後十字軍が要塞に使ったりもしていたすですが、やがて忘れさられ、1812年にスイスの探検家ヨハン・ブルクハルトによって発見されるまで、伝説だけの幻の町だったそうです。
1985年に世界遺産に登録され、2007年に新・世界の七不思議(そんなものあったんや)に挙げられているそうです。

インディジョーンズ「最後の聖戦」の撮影に使われたことで有名になりましたね。ほとんど最後の方でしか出てきませんが・・・・


まずはともかくリトルペトラにご挨拶
バスに揺られながら、しずかに山並みを見ておりますと、突然、奇岩・巨岩が現れます。

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遠い遥かな昔、どの様な地殻変動が起きたのやら、この辺は砂岩だらけなのであります。右岸も左岸も砂岩だらけ。「悲しみよこんにちわ」F.サガンってなもんですな。
それで雨が降るものですから、浸食のされ方が激しく、長いながーい年月のうちにこんなことになるのでありますね。
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ま、雨が「よーし、こんどはここに流れてこましたろ」とか考えないでただひたすら降るだけなんだろうけど、結果としてこんな面白い形になります。
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入り口の前には、エライひとのお墓と思われるこんなものも・・・・
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暗くなると、ちょっとしたライトアップも・・・・
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このお墓を通り過ぎて奥にいきますと、隘路があります。
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雨がふると、ここを流れるのでしょうな。
うーおしつぶされそう・・・・・
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そこを通り抜けると、広場が・・・・・
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穴居生活といえば聞こえは悪いけど、石積みの必要のない石造りの家と言えないこともない、なかなか立派なものです。
本ペトラになくて、このリトルペトラにあるもの。
それは、この穴の中の・・・・・
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天井に描かれた・・・・・
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ぶどうの絵なのです。痛みは激しいけど、なかなか立派な絵です。
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本ペトラをマジメに見ると一日では足りませんが、このリトルペトラはさーっと見るだけなら1時間もあれば・・

というようなわけで、バスに乗り込んで、ペトラ遺跡の前のホテル「ペトラゲストハウス」へと向かいます。
ゲストハウスというには立派なホテル。
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ペトラ遺跡の入り口の前にあるホテルですと聞いていたのですが、確かにゲートには一番近いホテルでしたが、そのゲートから遺跡まで2Kmを歩かないといけません。とほほです。
ペトラbyナイトというライトアップがあるというので、暗い夜道を2Km歩いて行きます。

色とりどりのライトが派手に当たっているのかと思っていたら、幽玄の世界のような、暗ーい証明。
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なんという音楽なのか、お祈りかアザーンのような歌が聞こえてなかなかいい雰囲気でした。
終ってホテルに(歩いて!)帰ったら22時を過ぎておりました。あー疲れた。
遊ぶのも楽じゃない。

この記事へのコメント

浜えくせる
2018年11月27日 01:37
歯科医、まちがい死海の水面の標高がマイナス450mですか。半端ない深さですね。
外海に流れ出ないため、塩分がどんどん高くなるのでしょうか。
2018年11月27日 08:04
そのようですね。加えて、流れ込むヨルダン川の水量も減ってきて、水分が蒸発すると濃くなっていくようです。
そのうちに死海もなくなるという説もあります。