ヨルダン報告(その6:ペトラ遺跡)

ヨルダンといえばペトラ。どういういわく因縁があるのか、誰作ったのか、なにも知らないまま、岩の隙間から見えるというのが面白そうとついにきてしまいました。

なにしろ出発の2日前に”ペトラ遺跡の土石流”のニュースが流れて、「ありゃーひょっとしたら中止になるかも」と思っていたのですが、現地では「え?なに?あんなものなんでもないですよ」との返事でした。とはいえ「ほんまでっか?」という気持ちのまま来ましたが・・・・・

日本の土石流のように、家は流れてくるわ、材木は流れる、というようなものではないようで、水さえひけば「なんの話ですか?」というようなことになるようです。このペトラが町として遺棄されたのは、地震と水害という説がありますので、今回は規模が小さかったのでしょう。水さえひけば、ぬかるむこともなく、普通に歩けました。

まずはチケット売り場から600mはオープンな道を歩きます。その間、「馬はどないですかー楽ですよ」という呼び込みが激しい。トロットくらいで走らせてくれるのなら乗ってもいいけど、馬子が引いて歩くのなら、自分で歩いたほうが速いやとオイラは歩きます。5ドルだから安いのだけどね。
600mから先はシークと呼ばれる狭い谷間が1200mほど続きますが、なぜかそこは乗馬はだめで、馬車ははいれますが40ドルほどと高い。
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馬のひともポッコリポッコリ歩いてきます。
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歩ている両側にも遺跡が一杯。
ジンブロックスと呼ばれる聖者が宿ると言われている墓。
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上にオベリスクのある墓
オベリスクがあるのはエジプト文化の影響ですね。
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住居のようなもの。
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そうこうしているうちに、谷間の入り口につきました。
入り口の横を流れているこの川が溢れて土石流となったようです。
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ここからシーク(谷間)が1.2KM続きます。
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馬車に乗ってくるひともいます。
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馬の糞を掃除する人もいて、道はきれいです。
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土石流のニュースの時に、皆さん、うまい具合に段の上に乗ってまして、「あれ、なんだろな」と思っていたのですが、両側に灌漑用の溝があって、その上に避難していたようですね。
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ナバタイ人というのは、水利技術に優れていて、地下の貯水槽なんかも作っていたらしいです。

ともかく狭隘な道を歩いていきます。
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たまにちょっと広い場所もあります。
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いやー、しかしさすがに1.2キロも歩きますと飽きてきますなぁ・・・・
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・・・と思った頃に、谷間の隙間から、エルハズネが見えてきます。
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このエルハズネという建物。建てているわけではないから、建物というのも変だけど、彫ってあるからと言って「彫り物」というと刺青みたいだしね。ま、このような荘厳華麗なファサードが立っておりますのじゃ。
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このエルハズネというのは宝物殿とも、葬祭殿ともいわれておりますが、なんでしょうね。
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このエルハズネから先、けっこう歩きますので、ラクダとか、ロバなんかの商売をしているひとがいます。
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左の端のほうに、2列の穴がぽこぽこと開いているのがみえましょうか。みえないかなぁ・・・
工事の時にあそこに手足を突っ込んで登っていったらしいのだけどね。おーこわ。
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2階の真ん中がイシス神。エジプトの女神ですね。
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その左側がニケ。ギリシア神話の勝利の女神。ナイキがこの女神の羽根をマークにしているのは有名ですね。
あ、さっき言っていた工事の穴がニケの左に見えますね。
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イシス神の上にあるのはメソポタミアの壺。いろいろな文化が入り混じっております。
おーこちらの崖はちょっと崩れています。
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エルハズネの右手の方にまたまた切通がありまして、ずずっと行きます。
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そうすると、似たようなファサードがぼこぼこと出てきます。いくらでも湧いてきます。
このへんはまだナバタイ人のものですね。あとでローマ人のものビザンチンのものなど一杯出てきてわけがわからなくなります。
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もともと、この辺りを遊牧してくらしていたベドウィン族にとっては、国境なんてものはなく、羊をつれてあちこち歩いていたわけですが、第一次世界大戦後、イギリスと、フランスが勝手に分捕りして、国境を引いてしまったもので、ある日突然ベドウィンたちは、「あ、アンタ達は今日からこっちへは入れんけんね」と言われてしまったわけです。遊牧ができなくなったベドウィンたちは、今はこういうところで、屋台の土産物を売ったり、ラクダとか、ロバに乗せる商売をしているのですね。お気の毒に。
ベドウィン人たちはかっこいい。生活は厳しいみたいですけどね。
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むこうの屋台もみんなベドウィンです。
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ほとんどが堆積岩ですからね、薄い地層が重なっているところは実にきれいな模様になっています。
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ベドウィンの人たちはこういう岩のきれいなところを小さく切り出して、売っています。
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あ、あんなところにローマ人がまた神殿を作ってますね。
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それでもって、また柱を立てて喜んでます。本当にしようのない連中ですね。柱フェチ。
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こちらは新たに発掘されたビザンチンの教会。
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床のモザイクがきれいです。
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まだまだ見るものはあっちこっちにあるらしいのですがね。キリがないから、エド・ディルの修道院に行って終わりにしようということらしい。
問題はその修道院が会談1000段登ったところにあるらしいのよね。


・・・・とここまできて、制限文字数いっぱいになってしまいました。
いったん区切りまして、続きはもう少しなんですが、別枠で。

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この記事へのコメント

浜えくせる
2018年11月27日 01:21
脚力が問われるペドラ遺跡ツアーですね。
ヨルダンにこんなところがあるなんて、まったく知りませんでした。
日本に居ながらにして貴兄のレポートを通して現地を訪問した気分にさせてもらえて、感謝、感激です!

好奇心だけでは行けません。脚力、忍耐力も必要ですね。
2018年11月27日 07:56
HAMAさんも随分と夜更かしというか朝が早いというか(笑)丑三つ時のコメント有難うございます。
行くまでは、砂漠だらけで・・・と思っておりましたけど、日本などよりもずっと歴史が濃いですね。意外と面白い国でした。