バーンスタイン

2,3日前に、Eテレビをみていたら、今年はレナード・バーンスタインの生誕100周年なんですってね。へー


・・・だからどうのこうのと言うわけじゃないのですがね。別にニューヨークまで仏前にお供え物を持って行く気はさらさらないし・・・

高校生の頃に我が家に初めて1BOX型のコロンビア製のステレオが来まして、兄弟3人で金を出し合って初めて買ったレコードがバーンスタイン指揮のニュヨークフィルのドボルザークの「新世界より」なんです。裏面が確か・・チャイコフスキーのイタリア奇想曲だったかな。
もう興奮しましてね。第4楽章ばっかり、もう数え切れないくらい聞きました。針が裏に突き抜けるんじゃないかと笑いましたけどね。これがクラシック音楽にのめり込んだきっかけですね。
当時はビートルズ勃興の時代でしたが、目もくれなかったです。(今は、ビートルズも好きで全集ももってますけどね)

なにしろブラスバンド出身なものですから、バンバカバンバカ鳴る曲ばっかり聞いていました。この新世界とか、ロジンスキー指揮のショスタコービッチの5番の第4楽章とかね。この曲もまだ白黒テレビの時代に大阪でやっていた「部長刑事」という番組のテーマ曲に使われていましてね、おなじみの曲だったのです。

バーンスタインという人は、名前からしてもいかにもユダヤ人という名前ですけどね。貧乏移民の家系で、本当に独学で頑張って、音楽をものにしたようです。もちろん本格的に音楽学校を出てからは、フリッツ・ライナーなんかの指導を受けたらしいですけどね。なにしろ子供の頃は家にはピアノもなかったといいますから。

そのせいか、同時代のベルリンフィルのカラヤンとよく比べられますが、カラヤンは「出る杭は打つ」と後進の指導はあまりしなかったのに対し、バーンスタインは数多くの後進の指導をしまして、日本人では小澤征爾、佐渡裕なども指導を受けて育った指揮者ですね。
佐渡裕の、あのやたらと汗をかいて頑張る指揮はバーンスタインの影響を受けているのかもしれません。

一方、カラヤンはやりかたがうまく、大衆を引き付ける指揮で、どうやれば優雅にかっこうよく見えるかを考えた指揮で、音楽としては教条主義的で底が浅く、好きになれませんでした。ビジネスマンとしては有能だったんでしょうけどね。
レコードの時代もカラヤン盤は1枚もありませんでしたが、CDもざっと数えて250枚くらいのなかで、残念ながら1枚だけ混じっていました。

バーンスタインは指揮の他にも、ピアニストとしても有名で、よく自分でピアノを弾きながらオケの指揮をしていましたね。
そのほか、作曲家としても交響曲はエレミア、カディッシュなどありますが、それよりもなによりもミュージカル「ウエストサイドストーリー」の作曲家としても有名ですね。
風船屋はあまりミュージカルは見ませんが、この「ウエストサイド」と「サウンドオブミュージック」は映画ではありますが、何度も何度もみました。いまでもこのふたつは甲乙つけがたい。「え?キャッツ??なにそれ」


高校生の頃はそれほど好きなバーンスタインでしたが、その後別にバーンスタインが嫌いになったというよりもレニングラードの常任指揮者であったムラビンスキーを好きーになりまして、彼の「平凡に徹し、徹しきってとてつもない非凡に至る」という指揮ぶりに参ったのでございます。
CDを調べてみると、バーンスタインは8枚しか見つかりませんでした。マーラーの「巨人」なんかも名演で、持っていたはずなんですけどね。なにしろ整理が悪く、見つかりません。バーンスタインさんごめんなさい。
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・・・・というわけで、今週は「バーンスタイン週間」(勝手にオイラがつくりました)、じっくりとバーンスタインを聞こうと思います。
イスラエルフィルを指揮したストラビンスキーの「春の祭典」がなかなか面白いのです。この曲は初演当時としては無茶苦茶斬新で、リズムが難しく、作曲者のストラビンスキーでさえ、うまく指揮ができなかったというらしいです。
いまはもういろいろなリズムが溢れているから、誰でもできますけどね。

・・・バーンスタイン週間といっても、オイラは片耳が年末から聞こえなくなりましたので、ステレオのスピーカーがいらなくなったのですね。残念ながら音の広がりをよく感じ取れない。悲しいことです。ま、歳ですからしようがないですけどね。

先日、音楽会で「片耳しか聞こえないから半額にして」とお願いしたら、「このおっさん、ちょっとおかしいのちゃうか。警察に電話したろか」という顔をされました。

最近の女の子は冗談も解しなくなりました。悲しいことです。

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