自由律俳句

自由律俳句というのがありますね。律というのは、ひとつの規律、ルール、リズムをいうわけで自由と律とは相いれないものでありますが、他に言いようもないのですね。

百人一首で育ったGGとしてはリズムのない、自由詩、自由律俳句というのはどうも好きになれないのですね。
好きになれないけど、何か気になる。なぜですかね。
季語も無視し、リズムも無視し、言いたいことだけに焦点を絞っているところに簡素なる魅力、迫力を感じるのでしょうか。

正岡子規の弟子であった河東碧梧桐などは律から外れた句を作りだしたらしいですが、まだ季語というものを重視していたらしいのです。
仲間の井泉水(せいせんすい)が季語も廃止すろと宣言し、碧梧桐派とは分かれていったらしいですね。
この井泉水の流れの中に、尾崎放哉(ほうさい)だとか、種田山頭火などがいるわけです。よって季語もリズムもなにもなし。
こんなのを、俳句といっていいのでしょうか。
放哉の作で一番有名なのに
  咳をしてもひとり
というのがあります。ま、確かに寂寥感というようなものはしみじみとわかりますけどね。
そのほかには、
  入れ物がない両手で受ける
門付けなどしていて、米を出されて入れ物がないので手で受けたということでしょうか。
  ひとりの道が暮れてきた
  こんなよい月を一人で見て寝る
これなぞはまだ俳句らしいですね。

次のは辞世の句といわれています
春の山のうしろから烟が出だした (わけわかんねぇー)

山頭火というのはとんでもない人物だったみたいですね。死んでから美化されて浄化されて伝説だけが残ったようですが。
岩川隆の「山頭火伝」などを読んでみると、作者自身が書いていて嫌になると言っているくらいですからね。
山口県の大地主の家に生まれたのですが、父親があちこちに妾を囲い、その結果、母親が井戸に飛び込んで自殺するという不幸な幼児期を過ごしたらしいです。
そのことが相当、虎馬、いやトラウマになったと見られております。
長じて早稲田大学に入学したものの中途退学し家に帰ってぶらぶらしているうちに家も徐々に没落していったと書いてあります。(最後は父親は夜逃げ)
結婚をして、子供まで作ったのに、妻子を放置したままあちらこちらの知り合いを泊まり歩き、たかれるひとには徹底的にたかったようです。
(このうしろ姿、格好いいねぇ)
画像

その才能を惜しんで、助けるひともいたのですが、もらったお金は全部飲んでしまい、また催促の手紙を書くといった具合で、脱俗を目指しながら、最後まで俗から抜け出なかったようですね。
そういう気持ちを超越しているのではなくて、だめだと思いつつずるずる行くというような雰囲気みたいですね。
作品はきれいだけど、実生活は本当にしようがないという点では石川啄木と似ていますね。
離婚届に判を押し、別れた子供にも最後はたかるという徹底ぶりで本当に読んでいてなんて嫌な奴だろうと思いますね。
句集を出すということで仲間からお金を集めて、結局そういうのも酒に消えてしまうということで、最初からだます気はないのですが、酒にだらしがないということのようです。
最後は松山で人生を終えるのですが、ぐでんぐでんのドロドロに酔って、道路で寝ているところを、子供が面白がって棒で股間をつついていたというような日常だったらしいですね。

分け入ってもわけいっても青い山
雨ふるふるさとははだしであるく
鉄鉢の中へも霰
うしろ姿のしぐれて行くか
てふてふひらひらいらかをこえた
などが有名ですね。
何か、しぐれるという言葉が好きだったみたいで、句集を読んでいるとよく出てきます。

日常は性格破綻者のような生活でしたが、さすがに作句については、するどいなぁと思わせるものがあります。
郵便で送ってきた句を、酒をのみながら批評および添削をしている場面が“山頭火伝”に出てきますが、やっぱり感心させられますね。大前誠二の
  冬空の掃いたような星が出てゐる木の枝
に対し、山頭火
  冬空掃いて 星が出てゐる
「の」とか「ような」などは無駄だというわけですね。

  雪のチラチラするお茶漬けたべてゐる
に対して
  雪ちらほらお茶漬けたべてゐる
・・・・・・・・なるほどね。


話は突然変わりますが、いま女子競輪を復活させようと、競輪協会は選手育成に励んでいるようですね。
(本当に突然話が変わりましたね。ちょっと嬉しかったものでね)
いま、選手は数人といったところでしょうから、30人くらいになったら、車券も売るのかなぁ。あるいはオリンピックの「KEIRIN」選手育成のほうに重きをおいているのか・・・
今年の3月に、GGのいる会社のひとの奥さんが、この育成選手として合格してしまいました(してしまいましたというのも失礼かな)。
糸魚川ファストランなどでは何回も優勝していて有名なひとですけどね。300Kmを10時間で走るというのですが。今までも雑誌に何回か出ています“高松美代子”さんという人です。
48歳という最高齢で伊豆の競輪学校で1年間練習するらしいです。
あちこちで取り上げらていますが・・・ こちらのサイトで。
http://www.townnews.co.jp/0206/2011/03/11/97398.html
http://www.youtube.com/watch?v=-Tknab9AGMs
などなど。
(グーグルで高松美代子さんで検索すると一杯出てきますけどね。)
選手として出てきたら、応援してあげてください。
48歳といったらそろそろ引退しているひとも多いと思うけどね。
GGなんか48歳の時というと「あぁ、もうすぐ50歳かぁ」なんてしぐれていたけどね。

この記事へのコメント

sazae3
2011年05月20日 08:05
自由律俳句ですか、良く分かりました。ありがとうございます。リズムと言う点で、私は百人一首が大好きです。現在97歳の母は詠み人含め全て知っていて未だに太刀打ちできません。その母の影響でしょうか百人一首が大好きです。あのリズムが好きなのだと思います。意味を調べると、内容的には今の私にはしっくりこない事も多いのですが(苦笑)

のとかような・・・は抜いたほうが良いのは分かるような・・アレェ・・ような・・使ってしまいましたがぁ・・・でも分かりました。文章の中でも省いた方がすっきりして分かりやすいですね。ありがとうございます。

競輪学校の入学式「高松美代子さん」素敵ですね!
元気が貰えそうです。
今後時々チェックしてみます。注目ですね。
体脂肪17%位なのですねぇ。
2011年05月20日 08:21
98歳でまだ百人一首そらんじておられるのはすごいですね。風船屋は「むすめふさほせ」の7首+α程度で、それも最近は忘れ気味。
2011年05月20日 08:41
失礼97歳でしたね。ひとつ勝手に歳をとらせてしまいました。
sazae3
2011年05月20日 13:46
98歳はありがたい間違いでしょう!
縞状にボケが来ていますが、そのような話題になると急に元気が出て子供たちは負かされてしまいます。
「むすめふさほせ・・・」なるほどねぇ・・・兄とカルタ取りをしたときには下の句が直ぐ分かるカルタばかり見つめていましたぁ。。あはは・・・・思い出しますね。ほとんど忘れていますが好きですね。