短歌ってどうなの

最近、俳句って何なの?とか、和歌って何なの?とかね、ちょっと暇つぶしに関係の本(といっても「猿でも解る俳句」みたいなレベルの本ですけどね)を読んだりしているのですよ。

どちらが楽しいかということとは別に、短歌のほうが、まだ納得ができるという感じがしますね。
俳句の場合は5,7,5の17文字に織り込んでおります、なんていいますが、季語があったり、「奥の細道」などは前後の状況説明なんかあってから句があるのですよね。
季語なんて、辞書まであったりするので、シロートのGGとしては「反則じゃねーの」という気になるわけです。(俳句愛好者の人、怒らないでくださいね。まだ入り口にさえ立っていないおっさんが、首をかしげているだけですから)
もともと17文字で押さえるというところに無理があるのではないのという気がしておるのですね。

短歌の場合は、+14文字ですからね、ま、一応のことは述べられるのではないでしょうか。その上、多少の遊びがはいる余地がありそうですね。
伊勢物語に出てくる「からころも きつつなれにし 妻しあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思う」なんてね。頭をひろっていくと かきつばたとなるわけですね。これを詠んだところがかきつばたの名所、三河の八橋ってんですからね。「いよっ座布団1枚」と言いたくなりますね。左遷されて赴任する途中で、かぁちゃんを思い出して、涙が落ちるわけですね。

枕詞というのもありまして、母といえば済むところを、わざわざたらちねの母というわけですね。たらちね(垂乳根)ということによってかぁちゃんの大きなおっぱいを連想するわけですね。(誰ですか、私のは垂れていないわよって言っているのは)
枕ことばには他に、あおによし=奈良とか、ひさかたの=光、空などがありますね。

その他に、掛詞(かけことば)というのも多いですね。

わが庵(いお)は 都のたつみ しかぞ住む よをうじ山とひとはいうなり

しかぞ住むというのは、然ぞ住む(このように住んでいる)というのと、鹿も住んでいるというのを掛けているらしいのですね。うじ山というのは宇治山と 憂し山とかけているのですね。(あたしゃネ都の東南方向の宇治の山にこのように暮らしているのですよ。そこはネ、鹿も住むようなところでね、人はさびしく暮らしているのだろうと噂しているのだよね(でもあたしゃ穏やかで楽しんでいるのよねははは))というような内容ですね。

31文字もあると、5,7,5,7,7と一定のリズムが生まれてきて、そのリズムがまた心地よいのではないでしょうか。5,7,5だけだとリズムになる前に終わってしまうような気も・・・
最近は、俳句にしても短歌にしてもこのリズムを無視しているのが多くなってきて、百人一首で育ったGGとしてはついていけないのですね。
「あなたがサラダが好きだといったから 今日はサラダ記念日」っていったい何のこっちゃ。リズムもなにもないじゃん。
大根のホワイトクリームシチュウ ブルゴーニュ風が好きだ!と言ったら一体どうするつもりだ。
魚のすり身揚げカツオ昆布だしグツグツ煮込み(おでんって言えよ)が好きだ!といったらどうすんのよ!
(俵さんのファンの方すみませんね。単なる爺いの繰言ですから)

先日のブログでね、俳句の名作をたちどころにササッと作ったのですけど(笑)、短歌は字数が多いせいか、難しいのですね。

う~ん

ま、気軽に考えて、「おなかが空いたからメシ食いに行こーっと」というのを無理やり短歌にするとですね。
えーとね
腹へっての腹と、原を掛詞にして、原といえば秋葉原(おー強引だねぇ!)、秋葉原といえば、電器ですな。メイドもいるぜよ。
ということで、一句できました。

メイドいて 電器もあって秋葉原 へって探すぞ レストラン

ヨドバシカメラあたりがCMに使ってくれないかなぁ

あーまた今日も自転車と関係なかったなぁ。

「じ、じ爺い。じゃなかった。 じ、じ、じてんしゃー」(・・とつぶやく)

せめて写真でも
(ホノルルセンチュリのスタート場所、こんな暗い時に集合です。そのあとのあいさつが結構長くて実際のスタート時
にはうす明るくなるのですけどね。)

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