ゆきひら鍋

ゆきひら鍋ってありますね。どういう字を書くのでしょうか。
行平鍋とも雪平鍋とも書くようですが・・・・
最近はアルミの打ち出しの片手鍋をいうことが多いようですが、
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こんな鍋ならわざわざ”ゆきひら”と特別な名前をつける必要もなさそうに思うのですね。
ただの”平鍋”でいいのではないのと思うのでありますね。もっとも平たくない鍋ってどういうのがあるのか
知りませんが。コンロに乗せにくいよー。

その前は、このような陶器の片手鍋、注ぎ口付きのものを言っていたらしいですね。
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そもそもは、在原行平(在原業平のお兄さんですね)に因むらしいのですよ。因むといっても
相当強引に因んじゃってるのですけどね。
この行平さんというのは、あまりついていなかったみたいで、百人一首にも「たち別れ いなばの山の
峰に生ふる まつとし聞かば いま帰り来む」という歌を残していますが、これはいなばの国に赴任
(というか左遷)するときの歌ですね。実際に左遷されたかどうかわかりませんけどね。
この時代のひとは、実際になくても、そういう気分で詠むことがあったみたいですから。

その後だか、先かわかりませんが、おとッちゃんが政変に関係してしまって、息子の行平ちゃんも
謹慎という形で兵庫県は須磨のほうに逼塞するのですね。
ここが万葉の時代から製塩の盛んなところで(何しろ赤穂が近い)、藻塩を焼く方法で塩を作っているのですね。
この焼く煙が、夕方などは風情があるとされていたようです。多少の侘しさをもって・・・
「わくらばに 問う人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ 侘ぶとこたえよ」なーんて歌をね
ちょいとよんだわけですな。
ま、その辺からね、「藻塩焼く」といえば「行平」となったようですね。

「誰です!そんなとこで、眉にツバつけて、”ふーん”なんて言っているのは!だからね、
最初からね、相当強引に因んじゃってると言っているでしょ!」
平安時代のひとは暇だったから、こういうふうにいろんなことを結びつけて遊んでたの!

もっとも、藻塩のことを詠んだのはこの行平ちゃんだけではなくて、万葉集などにも
「淡路島 松帆の浦に 朝凪に 玉穂刈りつつ 夕凪に 藻塩焼きつつ・・・」なんて
あったようですから、まぁね、”淡路なべ”としても何の問題もなかったわけですよ。
最初に言ったもの勝ちですな。ははは

昔の藻塩の作り方というのはいろいろ言われておりますが、玉藻(ホンダワラとか、アカモクなど)
を焼いて、灰塩を海水で濾して、”かん水”(濃い海水)を作ってですね、これを煮詰めて作った
らしいとか、乾燥した玉藻に何度も海水をかけて、これを土器で煮詰めたりしたらしいのですよ。

洲本市の教育委員会に製塩土器が保管されているということを聞いたことがありますけどね。

ま、長くなってしましましたが、この煮詰める土器が上のような土器であったような、ないような
ということでありますね。(ふー疲れた)

自転車の話ははどうした、自転車日記だろって?
昨日ねCCA東部支部の厳選メンバーでね(たまたま暇だった3人という言い方もあります)、てんぷらパーティ用のアナゴを釣りにいったわけですよ。
飯岡漁港の岸壁からやったのですけどね、釣果はアナゴ2本、特大シャコ5匹、ハゼ3尾と大した
ことはなかったのですけどね。
15:00過ぎから20:30まで釣竿見つめながらどこを自転車で走るかというようなことを延々とお話したわけですな。結構楽しかったのですよ。テーブル囲んで石窯パン食べながらコーヒーなんかね。
日本全国走ったようなOMさんでもまだ山陰が残っているらしい。3人とも山陰はまだなので、敦賀から、浜田、山口まで景色はきれいだし、魚はもちろん、カニも、松江近辺の和菓子などもうまいだろうなーと。

釣果の写真はどうしたって?
カメラ忘れちゃったのよ。
残念! ではまた

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