逆は必ずしも真ならず・・・

最近、スポーツ界のトラブルが増えていますね。次から次へと・・・・・

まぁ、氷山の一角なんでしょうね。基本的な潜在体質はどこにでもあるような気がします。
特に、昨今、アスリートがもてはやされるようになってからは・・・・

日大のアメフトの反則指示(あれは反則ではないと思っていますけどね。あきらかな暴行指示、試合の中の偶発的なものではないですね)は、なぜなされたのか。
相手の中心選手をつぶす→自分たちが勝てる→マスコミにもてはやされる→学内の地位があがる→権力が広がる→お金もうかる→皆がひれ伏すので気持ちがいい
などなどでしょうね。

ボクシング協会の会長にしてもしかり。自分の息のかかった選手を判定で有利なようにさせたり・・・・自分だけが立派な椅子に座ったり・・・挨拶の順番が気に食わない・・などなど、まるで子供だね。

今回の体操協会も過去の事件の傾向と対策から、「傷つけたとすれば、謝罪したい」などと早めのメッセージを出していますけどね。
「・・・・・とすれば」という言い方が、謝罪の気持ちじゃないね。本来、謝罪というのは、相手がどうあろうと、世間がどうあろうと、自分が悪いと思ったらするのが謝罪で、「・・・とすれば」なんて条件付きのは「自分はなんとも思ってないし、なんとかすりぬけたい」という気持ちの表れなんですね。

今のところ、水掛け論になっているので、どちらがどうとも言えませんが、狭い協会構造の中で、夫婦そろって、副会長と、強化本部長という重職を押さえているというところが、それだけであさましいね。
重職ふたりに部屋に呼ばれて、アレコレ言われるというのは若い選手にとっては、それだけでも典型的なパワハラだわな。

多分、他のスポーツの教会も似たようなことになっているんじゃないかな。

マイナーな協会のころは純真な気持ちで、なんとか普及させたいとか、そのためにはなんとか世界に通じる選手を育てたいという気持ちなんだろうけど、ある程度マスコミに取り上げられて、見返りの有形無形の恩恵に与れるとなると、そこから権力欲があからさまになってくるのだろうね。

いまは、上り詰めれば大臣にまでなれる時代だからね。


オリンピックなんかで、メダルの数なんか競ってもらわなくって、オイラはいっこうにかまわないのだけどね。
メダルを取らそうとして、国家予算も出す、勝てば懸賞を与えるなんて必要は全然感じないけどね。

もっとも、個人的にスポーツを楽しむ権利の確保とそのためのインフラを整えることはどんどんやればいいと思うけどね。個人的な勝ち負けにまで、国家予算をつぎ込むことはないと思うんじゃがねぇ。

オリンピックだって、別に日本でやって欲しいとも思わないし、期間中はどこかに旅行に行こうかと思うけどね。
毎回、ギリシャでやればいいのにと思うけど、いろいろな思惑がからまりあって・・・・
アメリカの業者の意向が強くて、真夏の開催になったりね。8月に東京でマラソンなんて、体のためによくないよ。
スポーツの本来の目的からすれば、本末転倒だわな。

ギリシアといえば、ギリシアの詩人だったっけ、ユウェナリスだかなんだかが「健全なる精神は、健全なる体に宿る」なんて言ったと、昔はよく聞かされたけどね。

逆は必ずしも真ならずで、「健全な精神は、健全な体に宿る」わけではなさそうだね。

むしろ、「過度な健全さは、見苦しさを生む」ということか。

こんなことを言うオイラはひねくれているのかなぁ・・・・?
え、その通り?
こりゃまた、失礼しました。

こんなオイラでも前回のオリンピックでは、東洋の魔女とか、円谷選手の必死な姿に感動したけどね。
画像

こんなオイラに誰がしたのよ!

世界大会でメダルをとったら、勲章をあたえるとか、兵役免除とか、多額の賞金を与えるとか、だいたい後進国に多いよね。経済力は先進国かもしれないけど、文化度としては子供っぽいと思うけどね。日本はもっと淡々とおとなのスポーツをしてほしいね。
イギリスなんてのは、大人の国だなぁと思うけど、賞金なんかは出しているのかなぁ。イギリスは、十種競技なんて、地味な競技の選手が尊敬されているみたいだけどね。




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