#MeToo

往年の美人女優、カトリーヌ ドゥ ヌーブさん。まだ生きておられたのですね。

まだ生きていたのなんて失礼なことを言ってしまいましたが、本当に名前を聞いたのは久しぶりです。

「シェルブールの雨傘」なんてね、いい映画でした。監督はジャンかな?ジャック・ドゥミかな。黄色い傘がまだ網膜に焼き付いてますね。
それとミシェル・ルグランだったかな、音楽もよかったしね。この機会にまた見てみるかな。
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このドヌーブさんが、例のセクシャルハラスメントに抗議するツィッターの「#MeToo」について、100人の仲間とフランスのル・モンド紙に意見広告を出して、セクハラ団体から猛抗議を受けて、「いえいえ、そういうつもりじゃなかったのよ」という弁明のコメントを出してました。ご苦労様です。

そもそもこの#MeToo運動というのは、ハリウッドの大物プロデューサーのハーベイワインシュタインてのが、女優に「今度の映画に出してやるからよ。な、な、いいだろ」てなことを言ったらしいのだね。

それでこの女優がセクハラだと騒ぎだして、警察も捜査に乗り出したということのようです。
ハーベイは「そんなこと、してねえよ」なんて言っておりましたが、有名女優のアンジェリーナ ジョリーとか、グウィネス パルトロウとかも「私もやられたわよ」なんて言い出したものだから、そのうちに、「わたしも」「わたしも」とどんどん出てきて、80人を超えたんだって。

・・・というわけでこのハービーというおっさんは、事実上ハリウッドから追放されたんだけどね。

ハリウッドには、Casting Couchという言葉があって、監督とか、プロデューサーの部屋に呼ばれてソファーというか、カウチの横に座らされて「よーよー、今度の映画に出してやるからさぁ」というようなことが日常的に行われていたらしいのであります。なんとうらやましい。

それはともかく、これをきっかけに「もし、あなたがセクハラにあったなら、ここに#MeToo(わたしもよ)とトゥイートしてください。」という運動が急速に拡大しているらしい。

こういう運動というのは、捕鯨反対運動などのように、当初はまともな運動であっても、だんだんヒステリックになっていきがちで、ちょっとした行為が針小棒大に取り上げられ、社会的に抹殺されてしまったりする人も出てきているようで・・・・

そこで、さすがフランスの女性たち。作家、女優、モデルなどが100人で、「ちょっとやりすぎじゃぁないの?」という意見広告を出したんだそうです。
男女の恋の仲は、人によっては不器用に接触しかできない人もいるんだし、なんでもかんでも血祭りにあげるというのは魔女狩りみたいだわね。
なんて書いたものですから、#MeToo側から、セクハラ問題をあまりにも過小評価しすぎていると炎上しちゃったらしい。

100人のなかでは、ドヌーブが一番有名で血祭りにあげやすかったのだろうね。

ドヌーブがさすが大女優。「私は、セクハラを是認(endorsement)したわけではなくて、行きすぎじゃないのか(has gone too far)と言いたかっただけで、セクハラで被害を受けた方々には申し訳ない」とコメントを発表して、一応収まっているようですね。

セクシャルハラスメントの定義は、「地位と権力をつかって、弱い立場の人に歓迎されない性的な言動・行為を行うこと」ということで、地位と権力を使わない、単にしつこいのはセクハラじゃないのだよね。

例えば、気の弱い、普通の男が、「ねえ、つきあってよ」「いやーよ」「そんなことをいあわずにさぁ。一度でいいからさ」あ、これはオイラのことじゃないからね。念のため。

断られても、つきあってほしい一心で誕生日にプレゼントを手渡したとか・・・・そういうことは、恋の形の一つであって、そんなことまで、ヒステリックに騒ぐべきじゃないわ、というのがフランス女性100人の意見らしい。

たしかにね、日本の会社でも、食事にさそってもダメという社内教育がされていて、最近は社内もギスギスしていますからね。
食事にさそって、相手が喜べばセクハラでないが、相手が嫌がればセクハラになるという言い方なんだよね。

あるいは、「お、髪型かえたの?似合ってるね」とか言っても相手のとりかたによってはセクハラということらしいのだよね。

本来は、「権力と、社会的地位を用いて」という前提があるのだからね、オイラのような退職ジジイは、セクハラにはならないはずなんだけど・・・・
ちょっとやってみるか。失うものはなにもないし・・・・

ともかく、フランス女性ばんざーい!とれびあーん




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