いろは坂(その2)
黒髪平から2Kmくらいで、明智平。ここまでくれば登り切ったも同然。
男体山も間近に見えます。
幸田文の紀行文の碑がありまして・・・
「日光男体山の崩れを見に出かけた。ここでは崩れとは呼ばず、薙(なぎ)という。なぎ払われ、なぎ切られた辛い事変のことだろう・・・・・」とあります。
あのブッチャーの傷みたいなのは、崩れじゃなくて、薙っていうらしいね。
日光といえば、ゆば。ゆばソフトクリームで喉の渇きを・・・・
え?どんな味かって?
ご想像の通り、豆乳の味ですね。
明智平を出てしばらくすると、明智トンネル。
大体、峠越えの場合はトンネルが出てくるとほぼ登りは終了だね。
ま、しかし、1Kmのトンネルはちょいとした恐怖だったね。軽自動車でも響いてすごい轟音でくるからね。
トンネルを出てすぐのところが、いろは坂の最高点。標高1300mです。日光から、700mくらい登ったってことかな。
ま、しかし、なんだね。いろは坂って誰が付けたのかしらないけどね。
オイラはヘトヘトほへとだよ。
こんどから、いろは坂じゃなくて、「ほへと坂」にしなさいよ。
あとはちょっと下りになりまして、すぐに中禅寺湖
華厳の滝
ナイアガラの滝よりはちょっと幅が負けているように見えるけど・・・・
こちらには孤高の気高さがあるね。ひとりで勝負してるんだからね。
などを見て回りまして・・・・・・さて帰りますか。
復路はまた一方通行。
ん?標識?「る」?22番?
あ、そうか。下りも番号はついているのか。なるほどそれじゃぁ48個くらいはあるね。
登りが21曲り、下りが27曲りか。
すごい下りが続きます。
ブレーキを締める手がだんだんとだるくなって、あちこち持ちかえたり、下ハンドル持ったり。
自分の握力以上にスピードが上がる前に早め早めのブレーキが肝心。
やっと48番「ん」です。
とにかく、下りっぱなし。下痢便みたい。
日光市街に戻るまで、ペダルを全然廻さなかった。
下りは、万座から、湯田中に下る、渋峠の下りといい勝負だね。
えーここで、全国3900万人の読者のみなさんに極秘情報です。
「ん」のあとに、実は2か所まだ曲りがあります。48曲りじゃなくて、50曲り。
いろは48じゃなくて、あいうえ50音。
もうすぐ「いろは坂」から、「あいう坂」に名称変更があるかもしれません。
登るなら、今の内。
そんなこんなで、帰りは時速40Kmくらいであっと言う間に、帰ってまいりまして・・・・
ついでに日光東照宮。
夏の間に、海で遊び過ぎて、皮がぼろぼろ剥けている仁王さん。
見ざる、聞かざる、喰わざる。
ん?オイラに対する忠告かい。確かに最近、食いすぎだね。わかってんだけどね。
騒ぐほどの大した彫刻とも思えないけどね。当時のデザインからしたら、すごかったのかもね。
お次は、変な形の耳の象。壊れたラッパのような耳。
陽明門は改修工事中
唐門
両側に昇り龍と下り龍が・・・・青大将みたいな龍だね。
向かって左がオイラと同じ下り龍。人生下り坂、サイコー
葵だらけの屋根の上に、ウルトラマンに出てきそうな怪獣が・・・・
思わず、見過ごしてしまいそうなところで、注意書き
上には猫が・・・・・
坂田が池の猫のほうが迫力あるけどね。
鳴き龍のある薬師堂
・・・・というようなわけで、日光駅へと戻ってまいりました。
駅の構内に、例の金谷ホテル経営の「金谷テラス」があります。
コーヒーと「100年の味カレーパイ」だって。
うん、たしかにおいしいね。パイはともかくカレーがね。
今度来た時は、ホテルのカレーを食べてみよう。
といってもね。金谷ホテル、ジャージ姿で入れてくれるのかなぁ。金具のついたカチャカチャ靴だしなぁ。
壁に写真がありまして、大正時代にフォードの自動車でイロハ坂を登る金谷ホテルの経営者だってさ。
お、車の下に霊が写ってるとおもったら、オイラだった。
電車にのりまして、途中に「かみいまいち」駅
「髪、いま一」と言われているようで、思わず頭に手を・・・最近少なくなってきたのよね。
それでも次の駅「しもいまいち」よりはましか。と思わず股間を・・・・
日光見ずして結構というなかれ
なんていう人もいるらしいけどね。
おいらは中学の修学旅行以来、2度目だからね。
この際、言ってやろうじゃないの。2回分。
けっこうけっこうけっこうけっこうけっこうけっこうけっこうけけけこけっこう
コケコッコー!
ま、しかし、あまり急ではなく、いい坂でした。いろは坂、じゃなかった「ほへと坂」
男体山も間近に見えます。
幸田文の紀行文の碑がありまして・・・
「日光男体山の崩れを見に出かけた。ここでは崩れとは呼ばず、薙(なぎ)という。なぎ払われ、なぎ切られた辛い事変のことだろう・・・・・」とあります。
あのブッチャーの傷みたいなのは、崩れじゃなくて、薙っていうらしいね。
日光といえば、ゆば。ゆばソフトクリームで喉の渇きを・・・・
え?どんな味かって?
ご想像の通り、豆乳の味ですね。
明智平を出てしばらくすると、明智トンネル。
大体、峠越えの場合はトンネルが出てくるとほぼ登りは終了だね。
ま、しかし、1Kmのトンネルはちょいとした恐怖だったね。軽自動車でも響いてすごい轟音でくるからね。
トンネルを出てすぐのところが、いろは坂の最高点。標高1300mです。日光から、700mくらい登ったってことかな。
ま、しかし、なんだね。いろは坂って誰が付けたのかしらないけどね。
オイラはヘトヘトほへとだよ。
こんどから、いろは坂じゃなくて、「ほへと坂」にしなさいよ。
あとはちょっと下りになりまして、すぐに中禅寺湖
華厳の滝
ナイアガラの滝よりはちょっと幅が負けているように見えるけど・・・・
こちらには孤高の気高さがあるね。ひとりで勝負してるんだからね。
などを見て回りまして・・・・・・さて帰りますか。
復路はまた一方通行。
ん?標識?「る」?22番?
あ、そうか。下りも番号はついているのか。なるほどそれじゃぁ48個くらいはあるね。
登りが21曲り、下りが27曲りか。
すごい下りが続きます。
ブレーキを締める手がだんだんとだるくなって、あちこち持ちかえたり、下ハンドル持ったり。
自分の握力以上にスピードが上がる前に早め早めのブレーキが肝心。
やっと48番「ん」です。
とにかく、下りっぱなし。下痢便みたい。
日光市街に戻るまで、ペダルを全然廻さなかった。
下りは、万座から、湯田中に下る、渋峠の下りといい勝負だね。
えーここで、全国3900万人の読者のみなさんに極秘情報です。
「ん」のあとに、実は2か所まだ曲りがあります。48曲りじゃなくて、50曲り。
いろは48じゃなくて、あいうえ50音。
もうすぐ「いろは坂」から、「あいう坂」に名称変更があるかもしれません。
登るなら、今の内。
そんなこんなで、帰りは時速40Kmくらいであっと言う間に、帰ってまいりまして・・・・
ついでに日光東照宮。
夏の間に、海で遊び過ぎて、皮がぼろぼろ剥けている仁王さん。
見ざる、聞かざる、喰わざる。
ん?オイラに対する忠告かい。確かに最近、食いすぎだね。わかってんだけどね。
騒ぐほどの大した彫刻とも思えないけどね。当時のデザインからしたら、すごかったのかもね。
お次は、変な形の耳の象。壊れたラッパのような耳。
陽明門は改修工事中
唐門
両側に昇り龍と下り龍が・・・・青大将みたいな龍だね。
向かって左がオイラと同じ下り龍。人生下り坂、サイコー
葵だらけの屋根の上に、ウルトラマンに出てきそうな怪獣が・・・・
思わず、見過ごしてしまいそうなところで、注意書き
上には猫が・・・・・
坂田が池の猫のほうが迫力あるけどね。
鳴き龍のある薬師堂
・・・・というようなわけで、日光駅へと戻ってまいりました。
駅の構内に、例の金谷ホテル経営の「金谷テラス」があります。
コーヒーと「100年の味カレーパイ」だって。
うん、たしかにおいしいね。パイはともかくカレーがね。
今度来た時は、ホテルのカレーを食べてみよう。
といってもね。金谷ホテル、ジャージ姿で入れてくれるのかなぁ。金具のついたカチャカチャ靴だしなぁ。
壁に写真がありまして、大正時代にフォードの自動車でイロハ坂を登る金谷ホテルの経営者だってさ。
お、車の下に霊が写ってるとおもったら、オイラだった。
電車にのりまして、途中に「かみいまいち」駅
「髪、いま一」と言われているようで、思わず頭に手を・・・最近少なくなってきたのよね。
それでも次の駅「しもいまいち」よりはましか。と思わず股間を・・・・
日光見ずして結構というなかれ
なんていう人もいるらしいけどね。
おいらは中学の修学旅行以来、2度目だからね。
この際、言ってやろうじゃないの。2回分。
けっこうけっこうけっこうけっこうけっこうけっこうけっこうけけけこけっこう
コケコッコー!
ま、しかし、あまり急ではなく、いい坂でした。いろは坂、じゃなかった「ほへと坂」





































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