店じまい
南海トラフによる影響度調査が公表されて紙面を騒がせています。
1000年に1回の地震に対してどこまで本気で対応するかってことだけどね。
1000年に1回といわれると「お、去年1回あったから、もうオイラの生きている時代にはないな」と思い勝ちですが(え、オイラだけかな)、確率論だからね。
2000年に2回、3000年に3回、その3回が3日続けておきたって、後の2999年こなければ、確率としては同じだからね。
地球の歴史、45億年からみると1000年なんて一瞬ですからね。そんなに都合よく規則正しくは来ないわけですね。
てなわけで、明日きても不思議ではないと。
新聞には、津波は早ければ2分後に寄せてくると書いてありましたね。2分でどこまで走れるか。
オイラの足だと、10秒で100mとして、1分で600mか。2分で1200m。
「うん!大丈夫だな」とお気楽GG。(まず100mを完走できるのかね。)
すぐに高台のあるところはいいけど、平地だとどこのビルに避難するとか心づもりしておくのがとりあえずの庶民のささやかな対策でしょうか。
30mの津波が来たとして、1200mで30mあがらないといけないのか。2.5%勾配の上り坂を1200m。
GGの会社は東京・神田須田町の交差点の近くにあるのですが、最近店じまいが増えております。
どうも東京都が中央通りを避難通路に指定して、その中央通り沿いのビルの耐震性を追求しているらしいのだよね。裏づけはとっていないけど・・・・・
どんどん儲かっている店はともかく、ほどほどに儲けてなんとかやっている店は耐震強化工事やるお金がないとか、そこまでやって商売続ける気はないとかの理由で、このところ店じまいするところがポツポツと出てきております。
大家さんが別にいるビルなどは、大家さんにやる気がなければ、店を出るか、たたむしかないのだよなぁ。
閉店しているのは、それなりの歴史を持った飲食店が多いのですね。
まずは須田町交差点角にある、「万惣」。果物屋だったのですが、最近は2階のパーラーの極厚ホットケーキのほうが有名。閉店となってがっかりしたオバさん達も多いのではないでしょうか。
我々、ご近所サラリーマンとしてはその先の「ニュー本郷」の閉店も痛手。
2階以上は会席用で社用族の出入り多かったのですが、1階は我々善良サラリーマンのランチ場所。結構愛用しておりました。
昔は「本郷」という料亭で建屋もなかなか渋い建屋でありましたが、時代の流れでビルとなり、そのビルも耐震問題で?
まさかお江戸のど真ん中、中央通りにシャッター通りが出現するとはね。こんなことしていていいのかなぁ。
万惣にしろ、本郷にしろ、それなりの雇用貢献はしていたと思うのだけれども・・・
その中間にあったすし屋も閉店。須田町に引っ越してきて、1年あまりになりますが、まだ入ったことのないすし屋だったので、残念。78年続いたすし屋だって・・・行っておけばよかった・・・・
中央通りから2本はいったところの、GGがもっぱらサボリに使っておりました喫茶店も8月をもって閉店。関西出身のご夫婦がやっておられて、ご主人が虎キチの釣りキチで、磯釣り連合会の会長も出入りしておられて、なかなか面白い話も聞けたのですが、これも残念閉店となりました。
これは避難道路とは関係なさそうで、そのままでも危ない感じだね。大家さんが手直しの気が全然ないのだって。
万惣のビルが危ないのであれば、交差点の点対称の位置にあるこのビルなんかもっと危ないと思うのだけど、そのままになっています。呉服生地の会社「鷹岡」ビルですが、景観街作り重要建築物になっております。
ちょっと中に入るともっともっと危なそうな家がありますけどね。どういう基準になっているのか。
こちら おしるこ屋「竹むら」
あんこう鍋「いせ源」
ともかく手持ちのレパートリーの店が減るということは淋しいことです。
年をとると、友人もね、だんだんと少なくなっていきます。皆さん元気に長生きしましょうね。
ほんじゃまたね。
1000年に1回の地震に対してどこまで本気で対応するかってことだけどね。
1000年に1回といわれると「お、去年1回あったから、もうオイラの生きている時代にはないな」と思い勝ちですが(え、オイラだけかな)、確率論だからね。
2000年に2回、3000年に3回、その3回が3日続けておきたって、後の2999年こなければ、確率としては同じだからね。
地球の歴史、45億年からみると1000年なんて一瞬ですからね。そんなに都合よく規則正しくは来ないわけですね。
てなわけで、明日きても不思議ではないと。
新聞には、津波は早ければ2分後に寄せてくると書いてありましたね。2分でどこまで走れるか。
オイラの足だと、10秒で100mとして、1分で600mか。2分で1200m。
「うん!大丈夫だな」とお気楽GG。(まず100mを完走できるのかね。)
すぐに高台のあるところはいいけど、平地だとどこのビルに避難するとか心づもりしておくのがとりあえずの庶民のささやかな対策でしょうか。
30mの津波が来たとして、1200mで30mあがらないといけないのか。2.5%勾配の上り坂を1200m。
GGの会社は東京・神田須田町の交差点の近くにあるのですが、最近店じまいが増えております。
どうも東京都が中央通りを避難通路に指定して、その中央通り沿いのビルの耐震性を追求しているらしいのだよね。裏づけはとっていないけど・・・・・
どんどん儲かっている店はともかく、ほどほどに儲けてなんとかやっている店は耐震強化工事やるお金がないとか、そこまでやって商売続ける気はないとかの理由で、このところ店じまいするところがポツポツと出てきております。
大家さんが別にいるビルなどは、大家さんにやる気がなければ、店を出るか、たたむしかないのだよなぁ。
閉店しているのは、それなりの歴史を持った飲食店が多いのですね。
まずは須田町交差点角にある、「万惣」。果物屋だったのですが、最近は2階のパーラーの極厚ホットケーキのほうが有名。閉店となってがっかりしたオバさん達も多いのではないでしょうか。
我々、ご近所サラリーマンとしてはその先の「ニュー本郷」の閉店も痛手。
2階以上は会席用で社用族の出入り多かったのですが、1階は我々善良サラリーマンのランチ場所。結構愛用しておりました。
昔は「本郷」という料亭で建屋もなかなか渋い建屋でありましたが、時代の流れでビルとなり、そのビルも耐震問題で?
まさかお江戸のど真ん中、中央通りにシャッター通りが出現するとはね。こんなことしていていいのかなぁ。
万惣にしろ、本郷にしろ、それなりの雇用貢献はしていたと思うのだけれども・・・
その中間にあったすし屋も閉店。須田町に引っ越してきて、1年あまりになりますが、まだ入ったことのないすし屋だったので、残念。78年続いたすし屋だって・・・行っておけばよかった・・・・
中央通りから2本はいったところの、GGがもっぱらサボリに使っておりました喫茶店も8月をもって閉店。関西出身のご夫婦がやっておられて、ご主人が虎キチの釣りキチで、磯釣り連合会の会長も出入りしておられて、なかなか面白い話も聞けたのですが、これも残念閉店となりました。
これは避難道路とは関係なさそうで、そのままでも危ない感じだね。大家さんが手直しの気が全然ないのだって。
万惣のビルが危ないのであれば、交差点の点対称の位置にあるこのビルなんかもっと危ないと思うのだけど、そのままになっています。呉服生地の会社「鷹岡」ビルですが、景観街作り重要建築物になっております。
ちょっと中に入るともっともっと危なそうな家がありますけどね。どういう基準になっているのか。
こちら おしるこ屋「竹むら」
あんこう鍋「いせ源」
ともかく手持ちのレパートリーの店が減るということは淋しいことです。
年をとると、友人もね、だんだんと少なくなっていきます。皆さん元気に長生きしましょうね。
ほんじゃまたね。










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