愛知トリエンナーレ

いまさらと言う気もしますが・・・愛知トリエンナーレのトラブルがなんだか気持ちの底にたまっていて、不愉快な気分だったのです。別にオイラが金を出したわけじゃないのですがね。

ビエンナーレが2年に一度開催される芸術祭で、トリエンナーレが3年に一度ですね。オイシクナーレというのは、秋葉原のメイド喫茶。オムライス付きで4000円でっせ。今はもっと高くなってるかな。

結局、あの韓国の従軍慰安婦の像が、政治的プロパガンダだ、いやそうではない。なんてのがニュースに出ていましたけどね。双方の意見をちゃんと聞いてみたかったのですけどね。

今回、いちおう、テレビ構成ですけど、双方の意見を聞いてみて、ま、オイラとしては、「あんなものは芸術ではない」と思いました。

表現の自由とおっしゃいますけどね。ま、表現、展示の自由は、幸いこの国ではある程度保障されているので、好きなように、河原でなり、道路わきでなり、あるいは自分で部屋を借りて発表すればいいのですね。
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国の予算でやる限りは、あぁいったプロパガンダ的なものは出すべきでないと思いますし、従軍慰安婦の像はいやになるほど世界に展示されていて、いまさら芸術性もなにもないと思いまっせ。へえ。

主宰者側は、これを見て、いろいろ議論をしてもらいたいと言ってますが、既に国家間で議論を尽くして、平行線になっていますけどね。

それともうひとつの作品は、映像で、昭和天皇写真を足で踏みにじり、ガスバーナーで燃やすというもので、こんなものが芸術というのなら、オイラが、ティッシュペーパーに植えた鼻毛だって芸術だぜ。

大体、天皇でなくても、実在の人物の写真を踏みにじるというのは、政治的行動ではあり得ても、芸術ではありませんな。
ましてや、国民の象徴といわれる天皇の写真を踏みにじるというのは国民に対する侮辱だよね。

オイラは天皇制については、無くなってもいいやと思いますけどね。紀子一家が天皇になるまで生きていたくはないしね。

しかし、それとこれとは別で、この製作者の名前はしらないけど、そいつの写真をみんなで足で踏みにじり、おしっこかけて、火で燃やすという映像が出てきたらどうするだろうね。

「表現の自由」はあるけど、程度ものだと思いますぜ。

それと「これをみて、みんなで議論をしてほしい」なんて論法は”逃げ”だよね。本当の芸術は議論の余地なんてなくて、見ればわかる。わからない人はわからなくていい。そういうものだと思うけどな。


愛知トリエンナーレに対する個人的な気持ちの整理がやっとつきました。あんなものは国のお金で開催する必要はまったくありません。自分のお金で、好きなところで、発表してくだされ。そういう自由は認めましょう。

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この記事へのコメント

浜えくせる
2020年05月26日 13:30
表現の自由とは言え、税金を使って、一般市民が疑問に思う作品も同時に展示するのは問題ですよね。
風船屋店主toHAMAsan
2020年05月26日 13:48
はあ、いろいろな意見はあると思いますけどね。芸術家にもいろいろ色眼鏡があり、政治家にもいろいろ色眼鏡があり、いったん色眼鏡をかけてしまうと、なかなか議論をしても交わらないですね。