山月記

文科省が高校の現代国語の教科書から、文学の文章を減らして、契約書とか、取扱い説明書の文を増やすらしいね。


どうもね、オイラは反対だけどね。大学の教育も基礎教養を無視して、本来、専門学校でやるべき教育に力を入れているけど、高校も実用一点張りの教育になっていくのかねえ。

現代国語といえば、先日、三浦しおんさんのエッセイを読んでいて、「へえー」と思ったことがありましてね。

中島敦の「山月記」という短編があるのですがね。オイラが高校の時の教科書に出ていたんですね。
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中国が舞台で李徴という主人公が、頭がよくて、科挙の試験も受かったらしいのだけど、役人になっても性格が狷介で、周りとうまくいかず、上司ともうまくいかないで、詩を書いて文壇にデビューしようとするのだけど、それほどの才能もなく、結局、人との交わりを断って山奥に起居し、そのうちに人間性をなくして、虎になってしまうというお話。ある日、昔馴染みの袁参という役人が山道を通りかかったときに、人食い虎が出るというところで、草陰の虎と対峙します。飛び掛かろうととした虎は聞きなれた懐かしい袁参の声で思わず草陰に隠れ、身の上話をして、自分の作った漢詩を披露し、虎の姿になった自分の姿を見せたくないと、走り去って遠くで悲しそうに遠吠えをするというお話なんですけどね。

ま、別におもしろくないこともないけど、「だからなんなんだ」という風に読み飛ばしてましたけどね。ただ、ストーリーを憶えているということは、やっぱりなんらかの印象が強かったということなのかなぁ。

三浦しおんさんが、「本屋さんで待ち合わせ」という本の中で、この「山月記」が教科書に出ていて、やっぱりどうもピンとこなかったなんて書いていまして、でも級友の間では話題にはなったと書いていました。

ヘエーと思ったのは、三浦しおんさんは1976年生まれだからオイラより29歳下ってことになるのだけんど、それだけ時代が違ってもまだ教科書に採用されているというのはどういうことなんだろうと思う老爺なのでありました。

他にももっとおもしろい短編があるのではないかと思いますけどね。

大体、漢字をやさしくやさしく簡単にと勧めている文科省が、あんな難しい言葉を使っている小説を使っているというその心底がよくわからないね。

中国のお話だから、人名・地名はなかなか読めないし(ルビはあるけどね)、一般名詞・用言だって難しいよ。

漢字変換で出てこないような字が多い。

博学才頴(はくがくさいえい:知識と才能があること)、虎榜(こぼう:試験合格者を張り出す板)、狷介(けんかい:自分を恃むことが多く、協調性のないこと)、峭刻(しょうこく:厳しくて残酷なこと)、狂悖(きょうはい:気が狂ったようにわがままなこと)。
ま、最初の1ページだけでこんな有様ですから、読みにくいこと甚だしい。

高校生の頃は、「なんでも知りたい」と体力・知力も旺盛だったから、あまり読むのに苦にならなかったけど、くそ爺いとなった今は、「オイラの知らないことは知らなくても生きていける」なんてな、傲岸不遜というか諦めというか、読むのがしんどいね。
山月記なんかは、5分もあれば読めるけど、同じ中島敦の書いた「李陵」なんてのは文庫本で60ページだからね。これもやっぱり中国が舞台だから、阿爾泰(アルタイ)山脈、戈壁(ゴビ)砂漠なんてのがいきなり出てくるから疲れますね。振りかなはありますけどね。

ま、不思議な作家ですね。

この記事へのコメント

sazae3
2019年08月21日 16:11
高校3年と高校2年の孫に聞いたら高校2年の孫から「夏休み前にやったよ!」とラインで返事がきました。
今でも教科書に採用されているようです。なんだかうれしくなりました。
それにしても良くしっかりとあらすじ迄ご記憶しておられるのには感服するばかりです。私はなんとなく・・程度の記憶です。
孫たちが何を感じたか・・・いずれ聞いてみます。ありがとうございます。
風船屋店主tosazae3
2019年08月23日 10:38
へー今でも採用されていますか。55年間、あるいは私の前からかもしれませんから、60年くらい教科書に乗っているということですね。すごい!有難うございました。
sazae3
2019年08月23日 18:44
高校2年生の男子(孫)から返事が来ておりまして「登場人物二人が対照的で、少し悲しい物語だった気がする」と書いてありました。
感慨深いです。教科書の内容に少し興味がわいてきました。
いろいろな事に気が付かせてくださって、本当にありがとうございます。