ヨルダン報告(その7:ワディラム砂漠)

さて、ヨルダン旅行もいよいよ最終日。なにしろ北海道とほぼ同じ面積ですから、主要な観光地をみるのにはそんなに日数もかからないのでございます。


今回使った旅行社は「西遊旅行社」というところなんですがね。初めてつかったのですが、なかなかよかった。
成田で集合していた時に、となりに集まっていたのが、同じ西遊の「オマーン縦断12日」というツアー。
「え、オマーン?あんなとこ12日もかけて見るものあるのですか」と聞いたら、ラクダに乗って、テント生活しながら、砂漠を縦断するんだって。ひえーっ。たしかにそんなのは大手ではできませんわね。

我々のは西遊にしては割と軟弱なツアー。それでも最後の日の今日はきつそう。
午前中は4WD車で砂漠をガタガタ走り回って、ベドウィン料理を食べて、ヨルダン南部から北部へ5時間くらいかけてアンマンの空港まで走って、20:00の飛行機に乗ります。
アンマンからドーハまで3時間。そこで乗り換えて夜中の2:00の飛行機に乗って、成田に帰ってくるという予定です。

ワディラム砂漠というのは、サウジアラビアの砂漠の端っこのほうに位置しておりまして、ヨルダンのほとんど南端。
いままで聞いたこともない砂漠ですが、紅海最深部のアカバが近く、映画「アラビアのロレンス」で、ロレンス率いるアラブ解放軍がラクダに跨り「アカバへ!アカバへ!」と叫びながら走る姿がよかったですね。戦争でラクダに跨るというのが、ちょっと笑えますけどね。
考えてみたら、あの舞台がこのワディラム砂漠なんですね。

ま、とにかく、第一次世界大戦までは、この辺りはオスマントルコが支配しておりまして、イギリス・フランスなどはこの土地が欲しくてたまらない。なにしろ石油、アブラが出ますからね。アラブでアブラが出る。なんという語呂合わせ。

しかし、砂漠で戦う自信がない。そこで、当時、イギリス陸軍作戦部地図課に所属していた、T・E・ロレンスの出番となるわけです。
ウエールズで生まれ、オクスフォード大学を出て、考古学が好きな学究肌。しかし青白き学者ではありませんで、レバノンで自転車にのって、十字軍の遺跡を発掘調査などしていたそうです。

オスマン帝国に反抗しようとしているアラブ民族を支援し、焚き付け、なにしろ部族のことしか考えないアラブ人に対して、団結させながら、戦うわけですから大変です。イギリス陸軍もイギリスのことしか考えないで、ロレンスがアラブと約束したことを履行する気などサラサラなく、ロレンスは苦労するわけです。

結局、最後は物事がうまく生き始めると、アラブもイギリスもそれに乗っかるわけですが、ま、この辺は会社も同じようなものですね。人間というのはあまり本質は変わってないようです。

アラビアのロレンスのことになると、ついつい力が入ってしまいますが、お許しを。

オイラにとっては、そのロレンスが走ったであろう、立小便もしたであろう、この砂漠を走るのはなかなかこころ踊ることなのです。

最初聞いたときは「え?砂漠を?3時間もはしるの?」なんて思っておりましたが、終わってみたら、短いくらい。
同じトラックに乗っていた女の子も「いやーん、もっと乗りたーい」なんて言ってました。

まずはワディラム砂漠のビジターセンターへと向かいます。
向かう途中で、ヒジャーズ鉄道が見えました。これは映画でロレンスが爆破していた鉄道です。可愛がっていた若者が、ついうっかりと雷管をポケットにいれておいて、それが爆発し、お腹がやられ、もう助からないという時にロレンスがつらそうな顔で撃ち殺すのが印象的でした。ひょっとして、シチュエーションが間違っているかもしれませんが。

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この鉄道、いまは客車は走っていないそうです。貨物列車だけ。
ヨルダンはアブラいや、アラブでありながらアブラが出ないのですね。リン鉱石は一杯でるので、あの貨車もそれを運んでいるのかもしれません。
もっともリン鉱石っていったって、大半がリン酸肥料の原料になるだけですから、あまり儲かりませんけどね。肥料の3要素のN・P・KのPだから、農業にとっては大事ですけどね。

ビジターセンターに向かう途中のバスの中から、「知恵の七柱」といわれる岩が見えてきました。
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東洋文庫だったかな?アラビアのロレンスという自伝が出ていますが、原題はSeven PIllers of Wisdom「知恵の七柱」というのですね。大学生の頃に夢中になって読みました。
これがその題のもとになった岩。もっともこんな形の岩はこの辺には一杯ありますけどね。なぜこの岩にだけそんな名前がついたのか。「むかしむかし、あるところに・・・・・・」なんて話があるのでしょうね。


さてビジターセンターに到着して、バスから、この4DWのピックアップトラックに乗り換えます。
なにしろ荷台にそのまま乗りますので、スポンジクッションが置いてありますが、置いてあるだけなので、たまに落ちそうになります。

なにしろ砂埃がすごいので、帽子、サングラス、マスクは必携ですと言われておりますので、皆さんこんなあやしい格好。
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え?屋根ないの?とびびっていたら、どこかから屋根を持ってきて、すぽっとさしてくれました。
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さーて、シュッパーツ!


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こんなラクダでのんびり観光しているひともいます。
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最初によるのは、「ロレンスの泉」
この泉を勘違いしておりました。映画では、ベドウィンの族長をしていたアンソニークインが自分たちの井戸から無断で水を飲んだロレンスの案内人を撃ち殺し、砂漠での水の貴重さを認識さされた1場面があったので、その泉かと思っていたのですが・・・・

このマスクのあやしいオヤジが指さす彼方、岩山に1本だけ樹が生えていますが、そこに泉が湧いているらしいのです。
ロレンスがこの辺りをいったりきたりするときに、ここで水を飲んだり、水浴びをしたらしいのです。
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「よーし、早速登りましょうぜ」と珍しくオイラが腕まくりしたところで、ガイドが「いや、きょうは時間がないので登りません」とのお告げ。うー残念。
この麓に岩盤があって、そこになにやら古代文字が書かれています。サムード文字ということらしいのですが、「なんですかそれ?」
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またまたトラックでガタガタ走りまして・・・・
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お次にいったところは、細かい砂の吹き溜まりになっているところがあって、みんな登っています。
こんな所に登るくらいなら、さっきのところに登りたかったなぁ・・ぶつぶつ
ま、こちらの方が一般うけするわなぁ。ロレンス気ちがいはあまりいないようで。
しようがない登るか・・・・
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意外と細かい砂で、気をつけていたのですが、いかんともしがたく靴の中に一杯砂がはいってしまいました。
スノーボードを持って登っているひともいたので、わりと有名な砂丘かもしれません。

頂上からの眺め。
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ガタゴトガタゴト、がつんがつん、どっすん。とお次についたところは
チョコレートファウンテンのような岩壁。岩がたれております。
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この隣に「ハザリ峡谷」と呼ばれる谷間がありまして、そこも観光スポット。
むかし、ハザリという罪人が岩山の頂上に追い詰められて、飛び降りたらフワーっと着地できたそうな。
狭い峡谷なので強い風が吹き上げてきたら、ありえない話ではないかもしれません。
ここはロッククライミングもできるようです。お好きな方はぜひどうぞ。

とにかく谷間にはいっていきます。
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岩壁に謎の絵と文字が・・・・
人間、羊、なぜか偏平足の足裏
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馬かラクダか・・・・
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人間ふたりと、その両側にクリオネのようなものが・・・・宇宙人かも・・・
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谷底に水が湧いていたので、住んでいたのかもしれませんね。
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さてお次は「ロックブリッジ」
なにしろ浸食されやすい砂岩ですので、雨や風でいろいろ削られて、中にはこんなものも。
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またまた、がたがたがんがん走りまして・・・・
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ついたところは、ベドウィンの経営するテント村とレストラン。
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ベドウィンの人が、砂の中に埋め込んで蒸し焼きにしてくれた肉を掘り出してくれます。
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うまい具合に焼けておりました。例によって、鶏肉と羊です。
チャモロ料理なんかで、砂に埋めて上でたき火をして蒸し焼きというのはポリネシアでもよくあるけどね。
太陽熱だけというのはすごいね。
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お陰で我々もランチにありつくことができました。うひょー。
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ランチも終わり、これで今回の旅行のお仕事は全部終了。あとは一路、空港に向かいます。

途中で見えた砂漠に落ちる夕日・・・

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そういえば・・・♪砂漠に日は落ちて・・・なんて歌があったなぁ。戦争中の歌かな。

えー以上をもちまして、今回のヨルダン旅行は終わりました。

しばらくは休憩して老体をいたわるかな。

この記事へのコメント

浜えくせる
2018年11月29日 10:02
砂漠と岩の峡谷越えツアーは70歳代の腰痛持ちでは無理ですが。
ヨルダンレポート、楽しく、興味深く、読ませてもらいました。エスペラント語で、ダンコン!有難う!
2018年11月29日 16:54
腰痛持ちですか。だましだまし、うまく付き合うしかないですね。私も毎朝夜の腰痛体操とモーラステープでごまかしています。あまりひどいときは鎮痛剤を注射してもらいますが・・・
BItte bitte(どういたしまして)
浜えくせる
2018年12月03日 14:18
bitteって、ドイツでよく使われる表現なのですね。初めて知りました。
大学の教養時代、ドイツ語を習ったのですが・・・。

昨日は紅葉狩りで松戸市の常磐線北小金駅から近い紅葉の名所、本土寺と東漸寺へ。
万歩計が1万歩以上、歩き疲れましたが、紅葉は満喫できました。
2018年12月05日 08:26
ははは・・エスペラントで返事をしたかったのですがね。
松戸にそんな紅葉の名所があるのは初めて知りました。今年はあまり時間もありませんので、来年の季節を見計らって行ってみます。
浜えくせる
2018年12月05日 12:58
エスペラント語辞典によれば、
どうしましては Estas bagatelo. 
またはNenio menciinda. とありました。
昨日の夕刊に「ドラレコ?」という言葉が、
ドライブ・レコーダーの略でした。
ドラレコ搭載、急拡大 とのこと。
2018年12月06日 07:51
どういたしましてはEstas bagateloですか。ちょっとスペイン語っぽいですね。ダンコン。エスペラントまではちょっと手がまわりませんね。どこかで通じる国があるのでしょうか。あるいは世界中の秘密結社で使っているとか?