全然、大丈夫っす

ま、ね。オイラもくそ爺いだからね。今の若い人の言葉遣いにはちょっと、というか相当言いたいことがあるのだけどね。

しかし、よくよく考えたらコンビニとか、チェーン店の居酒屋・レストランなんかの従業員の言葉遣いというのは、大人が教えているわけだからね。それも「わたくしは正しい礼儀と言葉を教える講師ざますのよ。ウフン」なんてのが教えている場合も多いだろうから、講師自身が間違っているという、ちょっととんでもないことになってるのじゃないかと思いますね。

「こちらレシートのお返しでございます」なんていわれてもね。オイラ、レシートなんか貸した覚えがないし、返すといわれても困るのだよね。

「こちら牛丼で大丈夫だったでしょうか」オイラべつに死にかけてるわけじゃないから大丈夫かといわれてもね。どこからあんな言葉遣いの発想は出てくるのかね。

そのほか、犬や猫にエサをやるのを、「エサをあげる」といってみたりね。「エサをやる」でいいじゃないかと思うのだけど・・・・なんで犬・猫に謙譲語を使うのかねえ。
愚息がまだ小さい頃、我が家も犬を飼っておりまして、動物病院に連れていったのですが、その医者曰く、「男の子さんですか」とほざきやがるから、「いえ、オスです」と答えたものだから、ちょっとお互い鼻白みましてね。オイラもつくづく損な性分です。しかし、動物とはいえ、医者というのは科学者あるいは技術者なんだから、たいこもちみたいな言葉遣いをしないで、きっぱりと「オス」と言ってほしいね。


・・・という風に、いまの言葉づかいについては、書きだしたらもうホント、切りがないのでまた別の機会に愚痴りたいと思いますがね。

ちょっと最近、反省しているのが、「全然」という言葉なんです。

オイラが小学生の頃は「全然」の後には否定語がついて、「全然・・・・ない」というぐあいに使うと教えられたものです。
全然問題ないとかね。

それが最近「全然オッケー」とか、「全然大丈夫」とかうしろに肯定語が使われるケースのほうが多くなってきて、困ったものだと思っていたのですがね。
画像


あの明治の文豪、夏目漱石センセイが「それから」という小説の中に
「腹の中の屈託は全然飯と肉に集注しているらしかった」と書いておられるのですな。あれまぁ。
1910年の韓国併合条約の中にも、「・・・・全然、韓国を日本帝国に併合することを承諾す」と書いてあるらしいから、昔は全然の後に肯定語をつけるのは、全然大丈夫だったらしい。

考えてみれば、然というのは、状態をあらわす形容詞につける接尾語と、辞書に書いてあるし、全はすべてというか、100%というかすっかりというかそういうようなものの状態ということだから、肯定でも否定でもどちらでもいいわけだよね。

いつ、だれが「全然」は否定語を従えると決めたのだろうね。もう素直な風船屋はすっかり信じ込んで70年を生きてきちゃったんだよね。

・・・・というようなことで、オイラのような中途半端なくそ爺いが「おれは絶対正しい」と思っていることが、そうでもなかったりするので、世の中のクソ爺いの皆さん、ちょっと謙虚にならないといけませんな。

この記事へのコメント

はたやん
2018年09月17日 17:20
キモイ・ムズイ・アブイetc・・・に、ついていけない・違和感が拭えない化石人間の自分もいます‼
2018年09月17日 21:08
今時の言葉遣いも、玉石混交で上のような、全然の使いかたもあるし、ヤバいという言葉も、単にヤクザ言葉かと思っていたら、「東海道中膝栗毛」にも出てくるそうで、戦後教育の風船屋世代が却って間違っているということもありそうで、気を付けないといけません。