”まだない”

明治の文豪、夏目漱石の小説「吾輩は猫である」に登場する猫の名前のお話。


飼い主は、珍野苦沙弥(ちんのくしゃみ)、通称くしゃみ先生。
この先生の飼い猫で、名前は「まだない」という名前。
この猫の目線でくしゃみ先生の周りの人間模様を表現しているという今でいうとユーモア小説というのでしょうか。

書き出しは・・・・・
吾輩は猫である。名前は「まだない」
ま、本人が言っているのだから、間違いはないんでしょうけど、「まだない」という変わった名前です。

え?! 「まだない」って、名前じゃないの?なーんだ、そうだったのか。ずっと名前かと思っちゃった。


実生活でも高浜虚子がもってきた野良猫を飼っていたらしいのですけどね。
漱石のように、気難しい、胃潰瘍でいつも顔をしかめているおじさんが、よく猫なんか飼ったものだと思いますけどね。

猫というのはよく言われるけど、わがままだからね。漱石センセがよくがまんしていたものだと思いますね。小説のネタというか、商売道具だから大事にしたのかな。

昨年あたりから、ペットの数として、ネコが犬を抜いたらしいね。
オイラはどうもネコは苦手だね。子供の頃、鍋島の化け猫騒動の映画を見たせいもあるかもしれないけど・・・
発情期のあの鳴き声もいやだしね。我が家の庭の芝生にウンコをしやがるのよね。自分ちでやりなさい。

野生の猫科の動物は好きだけどね。
3月にタンザニアで撮った写真だけんどね。
木の上の豹。凛々しい顔で恰好よかったね。
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これは草原で獲物を探すチータ。おなかがぺちゃんこでした。
野性の厳しさというか、哀愁が顔にでております。
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虎にしたって、高貴な顔をしているものね。

イエネコはなんだかなぁと思うのですね。エサをもらっているのに、全然恩義を感じてないらしいじゃないの。
人間、一宿一飯の恩を忘れたらおしまいだよ。え?人間じゃない? あ、そうか。

エサをもらっておきながら、「オイラは独立独歩で生きていくのさ」という欺瞞的な態度が好きになれないね。
その点、野生のネコおよび猫科の動物は、カッコいいね。凛々しい。
イリオモテヤマネコだってテレビでしか見たことないけど、自力で生きているという心構えが立派だね。

すべてのイエネコに告ぐ!「少しは感謝ということをおぼえろ。ばかやろめ」

ま、しかしなんだね。正直なはなし、ネコがいなくなると困ることもあるんだよね。

「ネコに小判」なんてことわざね。あれ、どうするかね。「豚に真珠」?うーん、ちょっとバターくさいけどね。それでいくか。

「ネコにかつぶし」うーん、ネコがいないと、どういえばいいのかね。困ったね。
代わりに狸はどうかな。「タヌキにかつぶし」。タヌキはかつぶし好きかな。こんど会ったら聞いてみよう。

まずい魚は「ネコまたぎ」っていうけどね。ネコもまたいで通るほどまずいというのだけど、適当な動物が浮かばないね。徒然草にネコマタという妖怪の話が出てくるけどね。ネコマタもまたぐほどまずい。ネコマタマタってのはどうだ。

第一、整形外科のお医者さんが困るね。
「あなた、ちょっとネコ背ですね。もう少し姿勢をよくしないと腰に悪いよ」なんて時になんて言うのかね。
ネコ背・・・・ネコの背中ってそんなに曲がってるかなぁ・・・・

ヤマアラシも背中が曲がっているけどね。
「あなたの背中はヤマアラシ背だね」とはちょっと言いにくいね。

ま、しようがないから、ネコもしばらく生かしておいてやるか。
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