明治神宮

いやー久しぶりのお江戸でござりまする。先週の金曜日にきて以来だから、4日ぶりということかな。へへへ


知人が信濃町のKO病院に入院しているというので、見物に行ってきました。あ、見物じゃなくて見舞いというのだっけ。
千葉に住んでいると、東京と言っても市ヶ谷から先はあまり行く気にならないのよね。
ましてやKO大学とか、S学会の匂いの強い信濃町なんて、20年ぶりくらいかなぁ・・・

ま、ともかく信濃町でおりまして、この病院。
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しかしまぁ、KNOCK OUTになって、KO病院なんてちょっと笑っちゃうね。見舞いにいった相手は残念ながら順調な回復ということで、「ちぇっつまんないの」

ついでというか、こちらがメインといいますか・・・・以前、「孤独のグルメ」というマンガを読んでいたら出てきたペルー料理の店がたしかKO病院の裏だったぞと尋ねていったのであります。

KO病院の前を通り過ぎて、東電病院の交差点を左にはいって50m。あったあった、ありました。

ペルー料理「ティア スサーナ」
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マンガで取り上げられて、そのマンガがテレビドラマになって、他のグルメ番組で「まいうー」のおじさんが来て・・と一時は大変だったらしいけど、テレビの影響はすぐに消えて、マンガを読んできたというのは、継続的にきているらしい。
かく言うオイラも読んだのは2年くらい前だからね。

創業者はお母さんらしいけど、今の店主はペルー生まれなので、熱烈なサッカーファンらしい。
壁という壁にはサッカーのジャージとか、ポスター、サインなどがべたべたと貼ってあります。
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マンガは忠実に周りの状況を表現してあったようです。ミロが書いたような後ろのポスターもそのまま・・・
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主人公の座った席は、そのまま「予約席」となっています。
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「孤独のグルメ」の熱烈なファンは、この席で記念写真を撮るらしい。

オイラはそこまでのファンではないので、さっそく注文。
「エーと、クイはありますか」
「あの肉は輸入されていないので、ありません。」
残念!以前、ペルーに行ったときに地方の農家の裏手に、クイ(食用モルモット)をたくさん飼っていたので、食べさせてよと頼んだのですが、ハレの日にしか食べないのでだめと言われて、ずっと気になっていたのです。

ま、結局、無難な豆料理、フレホーレスとガーリックライスのセットを頼むことにしました。
これです。
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付け合わせに、パルミートというヤシの新芽と、チョリソー
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それと、名前は忘れましたが玉ねぎの酢和え
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それと、エンパナーダとかいう、ひき肉・たまねぎ・ニンニク・オリーブ・レーズンなどを混ぜてミートパイのようにしたもの。
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がぶり。
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タマネギをトッピングしてもよし、ハラペーニョのタバスコを振りかけるもよし。なかなかいけます。
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飲み物は、シシャモ・・じゃなかった、チチャモラーダという、紫トウモロコシのジュース。
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トウモロコシとはいっても、パイナップルとか、シナモンもはいっていますので、なかなかいけます。

今日食べたものはみんなマイルドで食べやすい。メニューを見ると、もう少し辛めのものもあるようです。

とにかく「孤独のグルメ」の主人公の松重さんも待っています。KO病院に入院あるいは見舞いの節はぜひどうぞ。
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おなかがいっぱいになったので、上京して47年間、一度も行ったことのない、明治神宮に行ってみるかと歩き出しました。

「あれ?国会議事堂がいつのまにかハゲちゃったの?」と思ったら、絵画館でした。
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有名なイチョウ並木。黄葉にはまだ早いか。銀杏もまだですね。
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野球場のまわりをまわって・・・・・
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うへえー遠いね。直線で行けないから大変です。おとなしく信濃町からJRに乗ればよかった。

ぶつぶつ言いながらようやく神宮にとうちゃこ。
いやーなかなか立派な森です。外人が40%くらいいるかな?
孝明天皇は攘夷だったけど、明治天皇は外人はOKなのかな。
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いやはや、産道が長いね。これは難産だぞ。あ、いやいや参道が遠いね。
途中の森は本当に立派な森です。
いろいろな鳥の声も聞こえますが、あちこちに立ち入り禁止の杭がたっていますので、よく見えません。
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1912年に明治天皇崩御。お墓は伏見桃山陵なんだけど、関東にもなにかほしいということで、ほんにゃらまぁ神社でも建てるかと決定したのが1914年。

東大の林学博士の林清六さんなどが中心になって、荒れ地だったところに植林の計画をたてたらしい。
大隈重信が「伊勢神宮みたいに杉を植えろ」といったのを熱心に説得して、一大実験林にしたらしいね。

永遠に手をいれなくても、自然に継続再生産してゆく自然林を、ということで、最初に針葉樹、それから落葉広葉樹を植えたらしい。

針葉樹のほうが成長が速いから、すぐに森のようになるし、そのあと、広葉樹が広がると自然と針葉樹が少なくなってくるという計画で150年で自然林になるという見込みだったらしい。

1915年に計画がスタートし、全国に献木を募ったところ、10万本の苗木が集まったと言います。

その後、関東大震災、空襲を生き延びて、まだ100年しかたっておりませんが、当初の計画のような自然林になっているようです。メデタシメデタシ。

森の中にはいらせてもらうと面白いと思うんだけどなぁ・・・・
関東ではとっくに滅んだといわれるカントウタンポポとか、トゲアリなんていうトゲのある蟻も生息しているらしいからね。
粘菌なんて無茶苦茶珍しいのもいっぱいいるらしいぞ。年金が少なくて苦労しているひとはここにきたらいっぱいいます。
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普通の公園だったら、こんなにヒコバエが生えたら切っちゃうけどね。すべてがありのまま・・・
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道路に落ちた枯葉も掃き集めて森に撒くそうです。

途中に献上の酒樽が積んであります。
秋田の両関、新政、
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お、鶴齢(かくれい)なんて、南魚沼の酒じゃなかったっけ。
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久米島の久米仙なんて泡盛もあります。清酒だけじゃないのだね。
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そんなこんなでようやく本殿にとうちゃこ。
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これこれ、そこの異教徒よ、攘夷で撃たれてもしらんぞよ。
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話は変わりますが、明治天皇は側室がいたらしいね。
考えてみれば、天皇というのは国事行為も大事だけど子孫を残すというのがもっと大事だからね。今の皇太子に2,3人側室をもってもらってがんばれば、女帝問題とかも解決するんじゃなかろうか。

我々一般庶民は無理としても、象徴的存在なんだから、3人くらいまではいいと思うけどなぁ。

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