103歳

・・・というようなことでございまして、おん歳、103歳ですって。篠田桃紅(とうこ)さん。

テレビで見かけましてね、103歳にしてはお話もしっかりしていらっしゃる。
墨をつかった、書道家というか、前衛画家らしいのですけどね。いまでも作品を書いておられるようです。

篠田正浩監督の従姉なんだってね。

だいたい100歳越えたご老人の話というのは、何を言ってるのかわからない場合が多いのですが・・・・
この方は非常にしっかりしておられるし、100年間、いろいろ考えて生きてこられたのですね。

テレビの話が意外と面白くて、この本を買ってまいりました。

「103歳になってわかったこと」幻冬舎 刊

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長生きしたかたが、やれ何を食べたの、運動がいいのとか、いろいろな結果論としての本をお出しになっていますけど、あの種の本はあまり興味はありません。

この本も、本屋で見かけた時は「またかよ」と無視しておりましたが、テレビでお話を聞いてから、おもしろそうだなぁと買ってきたというわけです。

短い文章ですが、ところどころ、「なるほど、やっぱりそうか」とうなづかせられます。

100年間、ただ生きたというのではなくて、いろいろ考えてこられたのだろうなぁと感じます。

ま、もっとも、オイラのフィーリングに合うということだけどね。

ほんのさわりをご紹介しますとね・・・・
冒頭から「私には死生観がありません」とおっしゃる。
オイラなんぞは、このところずっと死ぬという事はこういうことか、どういうことか、といろいろ変な理屈付けしておるのですけどね。

「考えたところで仕様がないし、どうにもならない。どうにかなるものについては、私も考えますが、人が生まれて死んでゆくことについてはいくら人が考えてもわかることではありません。人の知能の外、人の領域ではないと思うからです」
「さすがに、病気にならないようにしようということぐらいは考えます。しかし、しなないようにしようと思っても死ぬことは決まっています。生まれた時も、私になにか考えがあって生まれてきたわけではないし・・・」

中略

「私は、24で実家を出てから、ずっと一人で暮らしていますが、孤独を当たり前だと思っています。ごく自然に一人でいることを前提に生きてきました。」
「また人に対して過度な期待も愛情も憎しみも持ちません」
「人と言う字は、2人で支えあった形だと、よく言われますが、古代の甲骨文字をみるとひとりの人間が立って、手をだらりとたれている姿です。これが本来の人間の生き方でしょう」

中略

「あまり長生きはしたくないと言う人がいます」(あ、オイラのことや!)
「それは偽りだとおもいます」(やっぱりそう思いますか)
中には、いろんな問題が起きて、人為的な理由から精神が自分を超えてしまい、死にたいと思う人がいるかも知れませんが、長生きしたいというのが、人間の自然な本能です。

ま、オイラは長生きしたくないと思っているわけではなくて、別に長生きしなくてもいいやという事なんだけどね。

ダラダラと書いてもしようがないので、この辺で打ち切りとしますが、なかなか面白い本でした。

きっちりと考えて生きてきた人だということが伺えます。

戦後まもなくの1950年代に渡米して、向こうで芸術活動をされていたようで、この世代の方としては大変な女性だと思います。

いままで知らなかった人ですが、知らなかったのはオイラだけかも知れないね。

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この記事へのコメント

クク
2015年07月06日 22:35
世の中 しっかりして元気な老人が増えてきましたね うちの母も98と9カ月 新聞は隅から隅まで読むわ、ボケの気配もなし 空の通帳しかないコッチの負けです ドイツサイクリング楽しんでください レポート楽しみに待っています  
2015年07月07日 07:22
うわー、あと1年ちょっとで100歳超えですね。それでボケていないというのは大したことです。息子の方が先にボケないようにしないといけませんね。この歳になって、母親にオムツを替えてもらうのはちょっとね。