茨木のり子

午前中に自転車に乗った日の午後は、窓を思いっきり開けて、5月の薫風を部屋にいれて、読書としゃれこみましょう。


詩なんぞ、普段はあまり読まないんだけどね。

茨木のり子詩集「倚りかからず」

ま、この、茨木さんとか、曽野綾子さんとか、戦前に青春時代を送った女性というのは迫力がありますね。
自分の目でみて、自分の頭で考えているというか・・・
GGなんぞは、すみませんすみませんと尻尾を巻くばかり。

「時代おくれ」という詩の一部分
車がない
ワープロがない
ビデオデッキがない
ファックスがない
パソコン インターネット 見たこともない
けれど格別支障もない

そんなに情報集めてどうするの
そんなに急いで何をするの
頭はからっぽのまま
(後略)
便利なものはたいてい不快な副作用・・・・


そうなんだよね
便利でおもしろいけれども、うしろから、何かがずるずると無くなっているような気がするものね。
こんな軽薄なブログなんぞを垂れ流していて、いやはやお恥ずかしい(とうつむくGG)
なんだかなぁ・・と思いながら、それでも書いているのでごぜえますよ。




「倚りかからず」

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい

じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合なことやある

倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ


GGなんぞは、引退してどの会社に属するでもなく、身分・肩書きもなく初めて実感できる心境でござんす。
会社員の時は、俺は違うと独立不羈のつもりでも、こころのどこかで倚りかかっているんだなぁ。



「木は旅が好き」

木は
いつも
憶っている
旅立つ日のことを
ひとつところに根をおろし
身動きならず立ちながら

花をひらかせ 虫を誘い 風を誘い
結実を急ぎながら
そよいでいる
どこか遠くへ
どこか遠くへ

中略

幹に手をあてれば
痛いほどにわかる
木がいかに旅好きか
放浪へのあこがれ
漂泊へのおもいに
いかに身を捩っているのかが


GGも身をよじっているのだけんどね。
早くGWが終らないかなぁ・・・・・


茨木のり子さんは1926年生まれ、20歳で終戦を迎え、2006年に80歳で永眠されたとのことです。


えー我が家の「緋牡丹博徒」。おひかえなすって
画像

以前はきれいな白いボタンがあったのだけどね、植木屋がはいった時に、見習いが引っこ抜いて捨てちゃったんです。悪気はなかったんだけど、背丈を縮めようと、切りつめてあったせいで、解らなかったんだね。
白い花は天ぷらにできたんだけど・・・・・・

この記事へのコメント

sazae3
2014年05月05日 19:35
我が家も白の牡丹がありましたが植え替えをするとか言って抜いた時に根を乾かしてしまったのですねぇ・・・・それが原因でダメにしてしまい今は牡丹色の牡丹です。せっかく咲いているのでそのまま育てています。本当は白が良いのですが・・・テンプラに出来るとは知りませんでした。
茨木のり子さんの詩集は自分が出来ない事を言って下さっているので納得納得・・自分ではできない事なので読んだだけで安心してしまいます。
2014年05月05日 20:22
我が家の白ボタンもきれいに咲いておりまして、ご近所の評判もよかったのですけどね。緋色になってからは誰も何もいいません(笑)。雨に弱いので、雨が降るまでの花の命ですね。一度ビニール傘を立てたこともありますが、やっぱり風情がありません。