禅とハードル(その2:為末篇)

南直哉師と陸上選手の為末選手の対談、「禅とハードル」の続き、その2為末篇です。
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為末選手はいうまでもなく、ハードルの選手として、オリンピックにも3回出場、残念ながらメダルはとれませんでしたが、世界陸上では2個のメダル、いまでも400mハードルの日本記録保持者です。

スポーツ選手が競技をやっている途中で、無我の境地にはいることを「ゾーンにはいる」というらしいのですが、彼は過去にゾーンにはいったと思われる経験が2回あると言っています。

走るということは手と足を思いっきり切り返すという意識をしないと走れないらしいですね。ヨーヨーを戻すときにぎゅっと引き返すような感覚らしいですが・・・・

ゾーンにはいった時は、そういう意識もまったく消えて、ハードルがあるという意識も消えて後から考えると、自分の足音だけがやたらと大きく響いていたということらしいです。

その点において、禅とよく似た感覚ではないかと、2人はこの本で対談しているわけです。
為末選手のことは良く知らなくて単なるスポーツ馬鹿(失礼)かと思っておりましたが、普段から、物事をものすごく深く考える性格のようで、「走るということはどういうことか」「自分はなんのために走っているのか」といったようなことをずっと考えてきたようで、この対談は面白かったです。

対談をしてから、南師の指導で座禅を組み、終わってからまた対談をし、また座禅を組みということをしております。

面白いのは南師は「座禅をしても悟りがひらけるわけではない」と言っていることで、「自分と回りとの境界が崩れていくような・・・」という表現もされていて、そういった状態を体験するまでに10年くらいかかったし、それが経過なのか、ゴールなのかもわからない、「ただ、そういう経験をした」ということです。

何も考えなくてもホイホイと楽しく人生を生きていけるひとは、わざわざこんな本を読む必要はないでしょうけどね。「自分とはなんだろう」とか、「こんな生き方でいいのだろうか」とかついつい考えてしまう方は、読むとちょっとはすっきりするかも知れませんね。

座禅を組むか、自転車乗るか、それが問題だな、今度、自転車でゾーンにはいれるかな?

この記事へのコメント

osome
2013年03月10日 20:33
ありがとうございます。
私の場合はこの様な本が必要です。是非読みます。

最近は老後にかけての不安などもあるせいでしょうか?やたら考え込む事が多くなりつつあります。余計な事を考えてしまうのです。自分の事を振り返りまして、この様な生き方で良いのだろうかと・・考えますし、それが夜中だったりすると拙いのです・・・無の心境に入るように気を引き締めて頑張ったり・・・恥多き人生であり悩みも多い人生でもあります。
素晴らしい本の紹介をありがとうございます。
2013年03月11日 21:24
気になりだすといろいろと気になりますね。「このような生き方で良いのだろうか」と聞くと、南さんは多分「どんな生き方でもいいのですよ」とおっしゃると思いますけどね。