方丈記

方丈。1丈四方という意味ですね。
日本では1丈は約3.03m、中国では約3.3mとされています。

方丈すなわち、3m四方の庵をたてて、そこに住んだ人がいます。
鴨長明ですね。
その庵で考えたことを随筆風に書いたものが「方丈記」として残っております。

3m四方といえば、9m2ですから、約5畳程度の広さですね。そこに囲炉裏も切って、住んでいたらしいです。しかも彼は面白いことにこの庵を引っ越しできるように、組み立て式にしていたらしいのです。

高校の古典の授業でならったことはないですが、出だしが入試にでるので、ある程度のところまではいやいや読んでおりました。
若いころに読むと、「何が面白いんだろう、こんな爺いくさい、文章」なんて思っておりましたが、自分が爺いになってから読むと実に面白いのですね。

まず、文章の歯切れがいい。
ふつう我々は、現代語訳を読みますが、現代語で読むと、この歯切れのよさが、なくなってしまう気がします。
現代語に直すのも、ある程度の実力のある作家でないと、歯切れのよさまでは出せないのでしょうね。

次に、好奇心が旺盛な人だったのか、火事の話にしろ、つむじ風の話にしろ、現地の被災状況を自分の眼で確かめたのだろうなという生々しい表現が多いですね。
単なる隠棲者かと思っておりましたが、とんでもないという印象です。

そういう社会の観察者であった長明が、晩年は5畳前後の庵で暮らして、「これでいいや、これで十分だわ。」といっているのが、説得力があるのです。

(河合神社に復元された方丈)
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(ちくま学芸文庫「方丈記」掲載写真)


鴨長明の生きたころというのは、やたらと厄災が多かったのですね。
鴨一族というのは、昔々、京都の上賀茂神社と下賀茂神社を開いた一族ですから京都でも名門なんですね。父親が下賀茂神社の神官だったわけですが、いろいろあって最後は伏見の日野の方丈の庵で62歳の生涯を終えるわけです。
1155年に生まれて1216年に没するまでに、
①平治の乱
②安元の大火(五条大橋のあたりから扇形に広がって、二条城のあたりまで焼失)
③治承の竜巻
④福原遷都(貴族は京都を捨てて大田舎の神戸に引っ越しさされた)
⑤養和の大飢饉
⑥元暦の大地震
⑦平家滅亡
と様々な事件が起きております。
そこからあまり立派な家を持ってもしようがないという考え方になったらしいですね。
そのくせ、ネガティブかというと50歳半ばで鎌倉にまで行っているから、好奇心は旺盛だったようです。
文章のはぎれよさをちょっとみてみましょうか。

有名な冒頭部分です。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつむすびて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」

(流れゆく川のながれは、絶えることはなくて、しかも、もとの水では決してない。河のよどみに浮かぶ水の泡は片方で消えたかと思うと、片方で生まれ、永くとどまるということはない。世の中にある人間も住まいも、またこれと同じようなものだ。)

わりと短い随筆集ですから、機会がありましたら、読んでみてください。
結構、面白いですよ。


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